西欧ガラス史


欧州ガラス:フランス、ドイツ、イギリス編

フランス

フランスではヌーベル地方を中心にガラス工芸が盛えました。1615年頃には、約3,000人ものガラス工人がおり、そのほとんどの職人はヴェネチア式の平面鏡などを作っていととのことです。一方、ノルマンディ地方では、古代ローマ時代のガラス窯の伝統を受け継ぐノルマンデ・ガラスの流れもあり、ここにヴェネチア職人の技術が加わることで、16世紀にはノルマンデ・ガラスは全盛期を迎えました。その後ドイツ系、イタリア系、ボヘミア系などのガラス工場が乱立しては消えていきました。

Scuplture Cristal Baccarat18世紀になるとドイツとの国境近くのアルザス=ロレーヌ地方を中心に、フランスで初めてクリスタルガラス製造を行ったことで有名なサン・ルイ社、またサン・ルイ社から独立したバカラ社などがフランスのガラス界をリードしていきます。

このアルザス=ロレーヌ地方は、ガラスの主要な原料となる珪砂(けいさ)や、ガラス工芸に不可欠な薪を入手できる森林が豊かなことから、古来よりガラス産業が興隆した地です。19世紀から20世紀にかけて活躍したエミール・ガレ、ドーム兄弟、ルネ・ラリックなどフランスの著名なガラス工芸家たちが、このアルザス=ロレーヌ地方に自社の工場やアトリエを構えたのは有名な話です。

クリスタルガラスで有名なバカラは、戦争後の国家再建のために作られたことをご存知ですか?この頃のフランスは、7年戦争(1756年-1763年)後に財政難を迎えていました。この事態を憂うモンモレンシー・ラバルという司教は、かのルイ15世に一通の請願状を送りまました。「わがフランスはボヘミアのガラス製品を大量に輸入しており、この結果国家を再建する資金が海外流出している。ぜひとも、ボヘミアを上回るガラス工場を建設くださいませ」、と。結果、1764年にバカラにガラス工場が創設されることになったのす。余談ですが、バカラ(BACCARAT)の名はローマの寺院(BACCHIARA)に由来し、この寺院の守護神は酒の神であるバッカス(BACCHUS)なのだそうです。

ドイツ

ドイツ地方でもファソン・ド・ヴェニスグラスを目指ざすガラス工場が次々と誕生しました。貴族や領主がガラス工場への出資者となり、ヴェネチアン・グラスではなく、自国の伝統を反映させたガラス製造を要求し、やがてドイツではは、ファソン・ド・ヴェニスグラスの流れを受け入れながらも独自のガラス工芸を発展させることに成功しました。ドイツを含め森林豊かな中央ヨーロッパでは、森林ガラス(ヴァルト・グラス)と呼ばれるガラスの原料や燃料を森の資源を利用して製造するガラス技術が、昔から存在していますた。この古来の技術を融合させ17~18世紀には絢爛豪華で装飾豊なバロック文化を背景に、ドイツ・バロックスグラスが誕生しました。

やがて、バロック文化の装飾様式は退廃的であると世論が高まる中、優美かつ繊細な文化形式であるロココ様式がヨーロッパに急速に広がり、その影響はガラス工芸にも影響を与えていきました。余談ですが西洋陶磁器の頂点に君臨するマイセンはロココ調の作品が評されヨーロッパ磁器に深い影響を与えたとされています。

イギリス

ヴェネチアから広がったガラス文化は、ドーバー海峡を越えイギリスにも影響を与えました。エリザベス1世(在位1558年~1603年)の時代にヴェネチアのガラス工人は女王の許可を得てロンドンなどのガラス窯を開業。これを機にヴェネチアのガラス工人が多くイギリスにわたることとなり、ファソン・ド・ヴェニスグラスを流行させます。しかしその後イギリスでは、独自のガラス工芸はなかなか発達しませんでした。

ところが、1676年にガラス業界の歴史を変える奇跡がイギリスで起こりました。それは、フランスのバカラにガラス工場ができる100年以上も前のことです。ガラス工人ジョージ・レイヴンズクロフトはガラスの熔解時間を短縮するために、偶然に酸化鉛を混入したところ、偶然にできたガラスが、まるで水晶のように美しいガラスでした。これがのちにベネチガラスの時代をとってかわるクリスタルガラスの誕生だったのです。